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No.9 音に触れ、心も体も「ホッ」とひといき♪

ピアニスト 伊藤美砂子さん (プロフィールはこちら)

ホッとするひととき――現代のストレス社会では、その瞬間を見つけるのは大変なことかもしれません。それでも、そんな一瞬を感じていただきたい、心を解放して、リラックスしていただきたい…。その思いを叶えるため、今日はクラシックピアニストとして幅広くご活躍している伊藤美砂子さんをお招きして、音にまつわる楽しいお話を、たっぷり聞かせていただきました。
伊藤さんが話されるように、自然な音に触れて、心も体も「ホッとするひととき」を見つけていただけたら…この取材を企画した編集者としても、とてもうれしいです♪
編集部
本格的に始めたのは「高校の音楽科に進学してから」…意外にも“遅咲き”のようですが?
伊藤さん
ヤマハオルガン教室に入って、最初はオルガンでした。小学生の頃は趣味程度だったんですけど、中学生になってから少しずつ本格的なレッスンを受けるようになって…高校の「音楽科」を受験するように薦められました。そこに運良く合格したのが始まりでしょうか?だから、普通に考えたら…やっぱり遅いですよね?!
編集部
そうなんですか?それでも幼い頃、すでに大器の片鱗をのぞかせていたと聞きましたが?
伊藤さん
そんな大器だなんて…。まだ歩けない頃の話で、童謡のレコードを聴かせると、父の膝の上で正確に拍子を取っていたらしいんです。でも、これってプチ自慢なので…恥ずかしいから、載せないでくださいね(笑)。
はにかんだ笑顔を見せる伊藤さん。クラシックピアニストといった近寄りがたい雰囲気もなく、実に気さくな女性です。その後、ピアニストへの道を歩んでいく彼女。音楽人生を左右する転機が訪れたのは、そんな多感な高校生の頃でした。
伊藤さん
高校に入ってからは、ピアノずくめの毎日…。そんなとき、当時の先生から「神田詩朗先生のリサイタルを一度聴いてみてはどうか」と言われたんです。「ピアノ科の私が、どうして歌のリサイタルを?」と、怪訝に思いながらも行きました…言われるままに。先生ですからね(笑)。でも、これがすばらしくって…歌のことはまるでわからなかったけど、もう、感動で胸が震えちゃって…。心を揺さぶる演奏って言うんですか、生まれて初めてでした。神田先生との出会いは、私の音楽の原点なんです。
編集部
そういうターニングポイントのような経験って、誰しもありますよね。それと、もうひとつ。レコーディングの経験にも、大変驚かされたとか?最新のレコーディング・スタジオって、医学で言うと無菌室みたいな、コンピュータで言うと、埃が一切入らない精密工場のような?

伊藤さん
近いかもしれないですね。とにかく自然とは対極の印象です。一度――プロフィールにも書かせていただいたんですけど――スタジオでレコーディングしたことがあるんですね。驚きました。連弾のパートナーが演奏した録音をヘッドホンで聴いて、「それに合わせろ」って言うんですよ!…機械的に音を重ねるんです。音楽というのはその時、その時によって、“間”とかいろいろ変わってくるのに…すごく苦労させられました。
編集部
ライブ=生きた、本物の音ではなくて、要するに作られた音ということですか?
伊藤さん
そうですね。今は、間違えたら、どうにでも直せるんです。CDっていうのは、ほぼ100%に近いぐらいの完成度で、間違いが無いんだと思います。だって、そんな風に作り直してあるんですから。でも、それって…やっぱり自然の音じゃないですよね?演奏会の時って、ミスもあるけど…「あ、この演奏者も人間なんだ。」っていう発見があったりして(笑)、自然な音楽だと思うんですよ。
CDで聴いたピアノ曲と同じ曲をコンサート会場で聴くと…音はもちろん、いろんなことが違うと伊藤さん。だから彼女は「生の演奏に触れて欲しい」と、クラシックコンサートの世界に誘います。
伊藤さん
コンサート会場の音とCDは、全然違います!空気の振動が関係しているのかもしれませんね。でも、それ以上に、演奏者とお客さんとの一体感!そして、その高揚がより熱い演奏を導いてくれる臨場感!CDの完璧さには敵わないですけど、そこには生の演奏ならではの醍醐味がありますね。
編集部
大きなコンサートホールから小さなライブハウスまで、全然音が違うというか、やっぱり生の迫力なんでしょうね。
伊藤さん
オーケストラだと、CDよりも、ホール全体が鳴っているような生の演奏会の方が感動すると思います。それともうひとつ。演奏者もお客さんも、人間だから緊張しますよね?!その“緊張”が、ライブって伝わるんですよ。始めは、お客さんも緊張して聴いているんです。それがだんだん、演奏者もお客さんも気持ちが入ってきて…一体化していくみたいな。お客さんも楽しめるし、演奏者もリラックスして、そのまま最後、アンコールにいくみたいな。そういう楽しみがあるのも、生の演奏会ならではですね。

編集部
お客さんの“乗り”というのは、演奏者にとってありがたいものですか?例えば、スポーツの試合の声援みたいに。
伊藤さん
ええ、もちろん!もちろん!すごく乗せてくれて…ニコニコしながら拍手する姿を見ていると、こちらもどんどんリラックスしていける。ただ、逆もありますよ、もちろん。今日のお客さんは「なんか冷たいな~」みたいな時も(笑)。
編集部
演奏中に背中で“気”を感じる、なんていうことはありますか?
伊藤さん
私たちはピアノなので…横ですね。真横。真横で…うん、感じますね。歌とか、ソロの楽器の人は、まともにお客さんを見ながらなので…ちょっと大変そうですよね。その点、ピアニストは絶対に真正面を向けないので(笑)、少し楽ですけど。
言葉ではない“気”で感じる場の雰囲気…演奏者が聴衆の気(会場の雰囲気)を感じながら一体化する時…至福の瞬間が訪れると言います。
伊藤さん
会場全体が一緒になって音楽に入り込んでいる時は、空気でわかります。息を止めるような緊張感さえ伝わってくる…と言ったら大げさかな?でも、息づかいまでもが、わかるような…そんな雰囲気です。
編集部
お客さんの拍手が、一瞬遅れてやってくる…そんな瞬間が最高だと言うのは?
伊藤さん
演奏が終わると同時にブラボーがかかることもありますけど、それとは逆に、ほんの一瞬、“間”があってから拍手がくる時ですね。こういう時は、お客さんも一緒になって音楽に入り込んでいたことが多くて、その後どんどん拍手が大きくなっていく。まさに至福の瞬間です。
編集部
その拍手が、時に笑いを誘うこともあるとか?
伊藤さん
すぐに拍手ができないぐらい、演奏に感動して…ちょっとしてから我にかえってパチパチパチ…と。実は、その逆があるんです。拍手しちゃいけないところで、拍手するとか(笑)。
編集部
曲の途中だったりとかですか?それは曲を知らないってことなんでしょうね。
伊藤さん
そうですね。ここは拍手しないで欲しいのに…拍手されると、ちょっとガクっとするみたいな。例えば、第九とか年末に、よくやるじゃないですか。第九って、本当は最後の楽章まで拍手は要らないんですね。第四楽章までは拍手しないで欲しいのに…だいたい、一楽章、二楽章で入っちゃうんですよねぇ…最近はずいぶん少なくなりましたけど。
編集部
言われてみると、だいたい途中でしていますね…途中で拍手が入っている。
伊藤さん
本当はして欲しくないんですけど…。それでも、何となく対応しちゃってますね…大人ですから、演奏者も(笑)。
西洋音楽であるクラッシック。西洋人と日本人の感性の違いは、服装などのファッション感覚やその色彩感覚でもわかりますが、その音楽的な感覚も…やっぱり違うようです。
伊藤さん
違うと思いますね。特に街全体に西洋音楽があふれているみたいなところは…。クラッシックの原点である教会も多いですしね。日本とは全然違うな~と思います。バッハが教会で演奏してから、カラヤンがベルリンのホールで演奏する現代まで300年位かかっているわけですよね。日本では、西洋音楽が輸入されてから、わずかな時間で、そこまで来てしまった。本当は教会の響きとか、街の馬小屋でやった音楽会とか、そういう数多の経験を知らないといけないのに…。
編集部
それぞれの国の気候風土が違うように、日本の楽器と西洋の楽器もかなり違うと思うんですけど…日本の楽器は管理が大変なようですね?
伊藤さん
西洋の楽器って、割合どこででも音が出るように合理的に出来ているんです。日本の楽器は、元々湿度の高い風土で作られているので…ニューヨークとかに持っていくとひどく乾燥して、大変なことになってしまったって…本で読んだことがあります。ガーゼを掛けて、その上にレタスを巻いて…湿度計と“にらめっこ”なんて楽器もあったらしいですよ!あっ、昔の話ですけどね(笑)。
そのニューヨーク。大リーグの中継などでは、選手がゲーム直前に音楽を聴いているシーンをよく目にします。受験生も試験当日、緊張を和らげるために音楽を聴くことが多いとか?音楽のどこに、そんなチカラがあるのでしょう。
伊藤さん
スポーツされる方なんかは、試合の前に好きな音楽を聴いて…リラックスしているんじゃないかな?って思いますけど。
編集部
りラックスですか?逆に、士気を高める効果があると思っていましたが…。
伊藤さん
やっぱり、リラックスできるっていうのが一番だと思います。脱力と言うか…何の世界でもそうじゃないですか。それに、野菜の栽培とかでも言いますよね。トマトの栽培にモーツァルトを聴かせると美味しくなるって。
編集部
確かに。鍼灸でも音楽、その人に合った音楽を上手くアレンジしてあげると…場合によっては鍼灸より良く効くかも(笑)。
伊藤さん
わかる気がします。胎教に良い音楽とかもありますよね。特集したCDが、何枚も出ていますよね。
編集部
美空ひばりをよく聴く患者さんに、治療中、ひばりさんの曲をかけてあげたりすると…不思議と効果があったりします。
伊藤さん
慣れ親しんだ、聴き流せる音楽がリラックスさせてくれたんじゃないですか?そのリラックスした体で治療を受けたから、すばらしい効果が現れたんじゃないかと思いますね。

編集部
そうかもしれません。ところで、普段の音楽は?BGMかなんかでクラシックを聴き流していたりするわけですか?
伊藤さん
普段は…あまりクラシックを聴きません。仕事上、どうしても聴き流すことができなくて、耳で追ってしまうんです。だから、勉強に必要な時以外、クラシックは聴きません。車で移動中は、ほとんどジャズですね!
編集部
ジャズ?!ですか?意外ですね…どういった感じの曲を聴かれるんでしょう?
伊藤さん
ビル・エバンスとか、ケニーGとか。有名なジャズミュージシャンですよね。でも、これって、私だけじゃないですかね?他のクラッシックピアニストの方は違うと思いますよ(笑)。
編集部
好き好きですから(笑)。好きと言えば、好きな曲は弾きやすいものですか?反対に弾きづらい曲ってありますか?
伊藤さん
好き嫌いもあると思うんですけど…。リスト(フランツ・リスト)なんかは、非常に華やかで、技巧を効かせるような曲が多いですよね。私は、そんなリストよりもショパンに惹かれます。もちろん、個人の趣味で言ってますけど。
編集部
「ピアノ=ショパン」みたいなところ、ありますよね。
伊藤さん
そうですね。ピアノの詩人と言われるだけあって。楽譜どおり弾いても様にならないのがショパンです。だから…ショパンを弾かせれば、ピアノの上手、下手がわかるんですよ!
編集部
それはいいことを教えていただきました(笑)。どの世界にもありますが、テクニックがわかる曲があるんですね。
最後に読者へのメッセージ…心に響く音、こんなときに「この一曲」があれば、それも教えてください。
伊藤さん
クラシックで言うと…G線上のアリア、オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ(マスカーニ作曲)」の間奏曲、リベルタンゴ(ピアソラ)、ピアノ協奏曲ト長調(ラヴェル作曲)の第二楽章…あ~っと、きりがないです!
編集部
いやはや(笑)。音楽に恋していらっしゃるんですね。よくわかりました。今日は、お忙しいところ、どうもありがとうございました。
伊藤さん
こちらこそ、楽しかったです。ありがとうございました!
普段、生活している中で聞こえるさまざまな音…名前を呼ぶ家族の声、職場でのあいさつ、風や雨の音、調理をしながら聴くCD音楽、犬や鳥の鳴き声、車が往来する音など、私たちの生活空間は音であふれています。懐かしい音楽が聞こえれば一気に記憶が遡り、それはあたかもタイムマシーンのようであり、また、私たちの会話は喜怒哀楽によって声色がかわり、さまざまな表情を見せてくれます。
音楽は、私たちの身近にあって、いろんな意味で気持ちを解放してくれて、体もリラックスさせてくれて…健康に関しては本当にすばらしい素材だと思います。音楽で心も体も「ホッ」とひといき――このフレーズを胸に刻んでいただき、ストレスを感じたときには、ふっと思い出して…音を楽しんでみてください♪

(インタビュアー:一見隆彦、秦 宗広、赤井康紀)

 

伊藤美砂子(いとうみさこ)さんプロフィール

愛知県立芸術大学音楽学部器楽専攻を首席(桑原賞受賞)で卒業。同大学院修士課程首席で修了。
柳澤恵子、福井直俊、宇都宮淑子、ボト・レヘルの各氏に師事。日仏音楽協会フランス音楽コンク-ル第3位。新進演奏家紹介コンサ-ト・オ-ディション優秀賞。大学院在学中より渡部真理氏とDuo Cosmosを組み、演奏を重ねている。(1985年ピアノ連弾名曲シリ-ズの一環として、兼田敏「組曲I・II」をレコ-ディング他)リサイタル、コンチェルト、室内楽、名古屋二期会のピアニストとして幅広く活動。現在、同朋高等学校音楽科、桜花学園大学非常勤講師。名古屋市在住。