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けんこう定期便

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No.22 女性アスリートとスポーツ

講師:土肥美智子先生 (プロフィールはこちら)

今回、スポーツフォーラムにお招きした土肥美智子先生は、国立スポーツ科学センターメディカルセンター副主任研究員のかたわら、なでしこジャパンの帯同ドクターとして活躍、多くのアスリートをサポートされていらっしゃいます。講演では『女性アスリートとスポーツ』というテーマを縦糸に、ジュニアアスリートの大切さを編みこんでいかれました。男女の性差にとどまらない内容は、とても興味深く、男性の方にもタメになるお話ばかりです。スポーツのコーチやトレーナーはもちろん、家族を持つみなさんに、“未来”を考えるきっかけになればと思います。
大事なのは「起きたらどうするか」よりも「起こさないためにどうするか」ということ。そして、起きてしまったら「早く手を打つ」ということです。いかに怪我をさせないか、病気させないか。これが、アスリートを支える人間の大事な役目だと思います。

いったい女性の敵なのか味方なのか!

“女性”と付いていますので・・・男性と女性の差、性差についてお話ししなければいけませんね。小学生ぐらいまでは、あまり男女に差は見られません。男の子も女の子も一緒になって運動している様子からもおわかりになると思います。そこから、あることをきっかけに性差が生まれて・・・その後、およそ運動に関わるものは、男性の方が高い数値を示すようになります。
でも、女性が男性より高い値を示すものもあるんですよ。うれしいことなのかどうかわかりませんけど・・・「成熟体脂肪率」、いわゆる“脂肪”です。みなさイメージしていただけると思いますが、胸やお尻、大腿部に付いて、女性らしさを表現してくれます。「必須脂肪」と呼ばれ、どうしても必要になる脂肪ですが、実は女性にとってもっと大切な意味を持っているんです。

脂肪の蓄積と年齢の関係を見ると、やはり子どもの頃は男女とも同じような感じです。小学校6年生を過ぎる頃になって差がついてきます。これには女性らしい体つきをつくるのとは別にもう一つ、大事な働きがあるんです。それは「初経」を演出するということ。体脂肪から分泌されるレプチンが影響すると言われていますが、女性への階段をのぼるためには、脂肪が必要なんです。
「女性アスリートの17歳は鬼門だ」と聞いたことがあります。17歳というのは目安なんですね。必須脂肪が付いてきて体つきが変わってくると、それまでできていた動きができなくなる、体が重くなる。繊細な第二次性徴期を乗り越えるところが、“17歳”に代表される年頃の女性にとっては難しく、ひとつの関門といいますか、それを“鬼門”と表現したのだと思います。

美しくあることと、女性らしくあることと。

体脂肪は、性機能である「月経」とも密接なつながりがあります。女性アスリートには大きな問題、「運動性無月経」を例に考えてみます。初経が来るためには体脂肪率が17%、体重は43キロ以上が必要。そして、体脂肪率が22%以上ないと正常な月経周期が起こらないと言われています。ここから、どういう種目に無月経が多いか?みなさん想像してみてください。何となくイメージつきますよね?
陸上の長距離、新体操、体操、フィギュアスケートといった競技が、無月経の多いものとして挙がります。審美系であることに加えて、その競技性で、体脂肪の少ない選手が多い。無月経を引き起こす可能性があるということです。そして、やはり運動量が激しく、体重をコントロールしてしまう傾向にもあるので、水準に満たない選手が多くなってしまうようです。
無月経は、重症化して治りづらくなる症状ですから、早い段階で手を打つ必要を感じます。それから、疲労骨折が起こりやすくなる。アスリートにとって疲労骨折を起こすということは致命傷です。放っておくわけにはいかない。そして、将来子どもが産めるのか産めないのかという問題――“女性”としては、こういうことも考えていかなければいけません。
疲労骨折と言えば骨量。人間の骨量は、男女とも20歳でピークを迎え、あとは減っていくだけです。10代でしっかり貯めておかないと、もう増えるチャンスがない。その大事な時期に必要な脂肪を蓄積しない、無月経を起こす。これが問題です。10代で脂肪も骨量も蓄えておけば、もしかしたら無月経による疲労骨折は防げるんじゃないかと思っています。ジュニアの時期というのは、それほど大事な時期なんです。
2020年、今のジュニアアスリートがトップアスリートとして出ていくこともあるでしょう。みなさんも含めてスポーツに関わるすべての人にとっては、大変な時期になると思います。それでも、良い形で2020年を迎えることができて、トップアスリートに成長した子どもたちが、東京オリンピックで活躍する――実現したら、これほどうれしいことはありません。

女性だから、子どもだからは禁物!?

女性アスリートの特徴と思われている貧血、本当にそうでしょうか?アスリートに多いと言われる「鉄欠乏性貧血」は、鉄の需要が増えたとき、汗などで鉄分が体の外に出る量が多くなったときに起こると考えられています。需要が増えるときというのは・・・「成長」です。運動することでも鉄は必要になってきますが、体が大きくなる、筋肉が増える、骨が伸びる、こういうときに鉄が必要になってくるんです。
そこで、ジュニアに目を向けてみます。子どもたちは成長の真っただ中、練習量も大変多いです。
練習量は増えるし、成長もしている。貧血のリスクが非常に高い年代なんです。ジュニアにおいては、むしろ男子の方に貧血が多い。これをみなさんには、ぜひ覚えておいていただきたいと思います。貧血は女性に多いという概念は捨てた方がよいかもしれません。
めまい、立ちくらみ、動悸、息切れ。貧血の症状はさまざまですが、運動による体調変化とオーバーラップするところがあります。これがアスリート、特にジュニアにとっては大問題で、貧血なのにサボっていると思われてしまう。息切れを起こし、有酸素能力が落ちて、パフォーマンスも下がってくる。練習についていけない。貧血です。ただ、昨日までできていたのに今日になってできない。だらだらやっているように見えてしまうんですね。
診断は簡単です。血液検査してヘモグロビンの値を見れば、貧血というのはすぐにわかります。多感な年頃の、未来あるアスリートを正しく指導するためには必要なことだと思います。それに貧血がある選手は、有酸素能力が下がるので、集中力が不足する傾向にあります。無理をして、ついには怪我をしてしまう。こういう悲劇を起こさないように、私たちのような立場の人間が気を配ってあげるべきだと思うんです。来る“2020年”のためにも!
 

土肥美智子先生プロフィール

1991年に千葉大学医学部を卒業。1993年に東京慈恵医科大学放射線医学入局。翌1994年から6年間、フランス政府給費生としてフランス原子力委員会、FeredericJoiot 病院に留学。帰国後は、東京慈恵医科大学放射線科および国立スポーツ科学センタースポーツ医学研究部にて勤務(非常勤)。2004年にはアジアサッカーASCスポーツ医学部門勤務、スポーツ科学センタースポーツ医学非常勤医師としても活躍。2010年に国立スポーツ科学センターメディカル副主任研究員を経て現在に至る。
<主な資格>
日本放射線学会放射線科専門医、アジアサッカー連盟メディカルオフィサー、国際
サッカー連盟FIFAのメディカルオフィサー、医学博士、日本体育協会公認ドクター等。