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けんこう定期便

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けんこう定期便

No.12 人に優しい鍼灸医療

東北大学大学院医学系研究科 先進漢方治療医学講座講師
医学博士 関 隆志先生 (プロフィールはこちら)

本日お招きした関 隆志先生(東北大学大学院医学系研究科 先進漢方治療医学講座講師 東北大学病院漢方内科医学博士)は、初めから開業医、しかも「保険診療なしの自費診療で漢方と鍼灸を行う」という、ずいぶん思い切った方法でスタートを切られたそうです。
大学病院で鍼灸治療をされる傍ら、漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生の研究班では、日本鍼灸のエビデンス創出に向けて、ご活躍されています。大きな病院に入らなかったおかげで「患者さんを大切にしないとやっていけないことがわかりました」と話される先生が、「鍼灸が日本医療の柱の一つになることができるのか?」「統合医療とは、どういうものを目指しているのか?」といった最新の医学事情を、“優しさ”あふれる語りで教えてくださいました。
「私の原点。それは、医療は“あきない”だということです。患者さんを大切にしない医療というのは成り立ちません」
医者として病院にいれば、給料がもらえますよね?適当なことをやっていても給料はもらえるわけです。ところが、開業医は違う。症状が良くならなければ、次はもう来てくれません。患者さんが来なければ潰れてしまいます(笑)。その代わり、一生懸命にやっていると患者さんも喜んでくださって…そこに面白味を感じるわけです。そういう意味で、医療は飽きがこないと。ビジネスの“商い”という言葉にかけまして、開業当初、本当に「医療はあきないだ」と実感しました。これが私の医療の原点であり、患者さんを大切にしない医療というのは、決して成り立たない――そう、私は考えています。
「家の中にツララができている!? なんてこと…病院の診察室ではわかりっこない。患者さんが真ん中の医療とは、そういうことです」
「冷え」がひどい患者さんがいらっしゃった時です。自分としてはちゃんと治療しているはずなのに…なかなか良くならない。それが、往診して初めて、謎(笑)が解けました。朝起きると、家の中にツララができている!これでは体の冷えが、治るはずがない。患者さんの生活を肌で感じることで、病気の原因がわかるという、往診を通してそういう貴重な体験をしました。病院で患者さんを待っているだけでは「しっかりした診療はできないのではないか?」と、このとき強く感じました。医療は、患者さんが真ん中の仕事です。そして、一人の患者さんを大事にして、良くしていかなければ…数多く診ればいい、というわけではないのです。

「鍼灸はなぜ人に優しいのか。ココロとカラダにふれあう鍼灸は、人と人をつないでくれる医療。だからこそ、人に優しいと思うのです」
ココロとカラダを同時に診る医療――これが鍼灸医療の一つの特色だと思います。お話をよく聞かないと、なかなか患者さんの本当の姿というのは見えてこない。そこで鍼灸医療では、問診が診察の重要な手段になるのですが…この問診が、実はカウンセリングのような効果を生んでいる。心のケアに役立っているんですね。今回、被災地での診療でも、あらためて実感しました。
そして、実際に患者さんの肌に触れて治療できる。これも鍼灸の良いところで、そこが鍼灸の優しさにつながっているんだろうと思います。言葉だけではないふれあい、人と人とのつながり、鍼灸は、そういう医療だと。他にも副作用、事故などが少ないことも、鍼灸の特色ですね。すばらしい医療だと思います。

鍼灸を取り巻く統合医療への潮流

「医学全体が、統合医療に向かっているのは、間違いありません。目的はもちろん、患者さんの“全体”を診るためです」
実は、今の西洋医学って、どんどん細分化する傾向にあるんです。その結果、「患者さんの全体を診る」ことが難しい場面が出てきています。そこで、細分化された医学を「医療」として連携、統合する潮流が生まれてくるわけです。最初に病気になったときに、どういう治療を受けるか、あるいは提供するかという、いわゆるプライマリケア。これも、その流れをくんだ具体例のひとつですね。そして、内科系の人たちと外科系の人たちが、一人の患者さんを共同して診るという試み。これも、今、始まっています。
「日本最古の法律に“鍼をする医者”と記されてから現在まで…長い年月で淘汰されてなお残っているという事実は、鍼灸が必要な医療である証と言えます」
もう一つの傾向は、病気の原因を探って細分化しようとする“病理指向”から抜け出して、「健康をつくり出そう」「健康を生成しよう」という動きです。その一つに「予防医学」と呼ばれるものがありますが、これって2000年も前から伝統医学が提唱している考え方です。「健康をつくり出す」ためには、鍼灸などの伝統医療を取り入れた統合医療が不可欠なんだと思います。

ただ、日本には、「保険がきかない治療と保険がきく治療を同時にやってはいけない」「混合診療してはいけない」という“縛り”がある。これは鍼灸にとっても非常にやっかいな話で、この保険診療と自由診療との兼ね合い――この辺りがこれから先、大きな問題になるかもしれませんね。

エビデンスの創出と鍼灸師教育

「鍼治療を大学病院でやるというのは、実に大変なことです。みんな白い目でと言いますか…「あいつ変なことやっているな」という目で見られるわけですから」
その根底にあるのは何か?簡単です。鍼治療なんて…そんなもの効くはずないだろうという認識です。鍼治療した経験のある側からすれば、「いや、これはすごく効くものだ」「効いているはず」だと思っているわけですが、それを知らない先生方は、「やっぱり、効くはずないじゃないか」「あんな針を刺して病気が治るぐらいだったら、医者なんて要らないじゃないか」となるわけです。対立から何かが生まれることはありません。
「鍼灸を知らない、懐疑的な医者たちの中でやっていくためには、とにかく彼らに伝わる“共通の言語”=エビデンスが必要だと感じました」

そこで、「本当に効くのだろうか」ということです。科学的に、要するに誰が見ても、「ああこれは効くな」「これは効果があるんだ」と、納得させられるもの。そういう科学的根拠=エビデンスが必要だと、肌身に染みて感じました。
緑内障治療の例になりますが、鍼をすると眼圧が下がって来るという結果に対して、その根拠は何だろうと。そこで、目の血流を超音波で測って、血行の動態を見ることにしたのです。
すると、鍼をすることで目に血がたくさん通うようだ、それが緑内障の眼圧を下げるようだということがわかりました。このように、鍼灸のエビデンスを創出することは、不可能なことではありません。むしろできるんだということを、声を大にして言いたいですね。
さらに、人間、知らないことに対しては、無意識のうちに拒絶的な態度を取るというのが一般的ですから、まず知ってもらわなければいけない。ちょっと違った言い方をすれば、それは教育の話になるんだろうと思います。
「日本の鍼灸師教育には、時間と臨床が足りない。患者さんと接して治療するという教育が行われていないのは、とても残念なことです」
日本の鍼灸師教育には、他の諸国、とりわけ中国や韓国、あるいは東南アジアの国々と比較すると、教育の時間、年限が足りないという現状があります。さらに、足りないだけではなくて、臨床教育も非常に乏しい。つまり、患者さんと実際に接して治療するという教育が、ほとんど行われていないのです。“患者さんを診ない医療”というと変ですが、「とにかく腰痛、肩こりを治せばいいだろう」となってしまうと、臨床研究には、なかなか結び付かない。これではエビデンスを揃えることができません。これから鍼灸が日本医療の柱の一つになっていく上で、解決すべき課題の一つじゃないでしょうか。

医療機関と鍼灸の連携

「医療と鍼灸の連携には、二つの道があると思います。一つは開業。もう一つは、鍼灸師さんが病院の中で鍼灸をやる。これは相反することではありません」
医師を目指す学生は、病院内で必ず各科を勉強しにやって来ます。鍼灸師さんが病院の中で鍼灸をやるということは、医学生に鍼灸を学んでもらう機会ができるということなのです。すると、大学で鍼灸を学んだ医師が育ってくるわけで、同時に医師の理解も、それなりに得られてくる。そして、実際に診療しているわけだから、統合医療が実現しますし、そうしたことを通して、医師や鍼灸師さんの資質向上にもつながると思います。良いことづくめですね。
東北大学病院と鍼灸院の連携としては、当科で働いてくださった鍼灸師さんが開業している場合、患者さんを紹介して、日常的な鍼灸治療は、その鍼灸院でやっていただくことを心掛けています。例えば、週2回とか3回、その鍼灸院で普通の鍼灸治療を受けていただく。そして月に1回、あるいはふた月に1回ぐらい病院に来ていただいて、私がチェックする――ということを、お互いに電子メールや電話で患者さんの情報をやり取りしながら、連携してやっています。これも医療機関と鍼灸が連携する一つのあり方だろうと思います。
「鍼灸院の外に、鍼灸師さんの活躍する場が広がる。このような活躍の場があって初めて、鍼灸の優しさというものが、生きてくると思うのです」
医療機関と鍼灸の連携を深めるため、鍼灸医療をフルに活用して、市民の健康をつくり出していく。また、健康診断などにも採り入れ、伝統医学を身近にしていく。こうしたことが、必要ではないでしょうか?それによって病院だけではなくて、研究機関や介護施設、高齢者の住宅、あるいは企業、こういったところに鍼灸師さんの活躍する場が広がるはずです。このような活躍の場があって初めて、鍼灸の優しさというものが、生きてくると思うのです。
そして、やはり鍼灸でなければ治せない病気というのがあるだろうと。中程度の重症筋無力症の患者さんは、非常にいい例だと思います。劇的に良くなる方もたくさんいらっしゃいます。いわゆる「難治性疾患」と呼ばれる中には、鍼灸が役に立つものが必ずあるはずです。今の医療が抱える問題を解決する一つの方策として、鍼灸があるんだろうと思っています。こうした場面でも大いに活躍していただきたい――切に、そう願っています。

鍼灸医療の未来そして日本の未来

「鍼灸医療を活用した統合医療が日本にないのはおかしい。今こそ新しい日本の医療のモデルを、鍼灸を使うことによって提言できるのではないか」
鍼灸を日本で医療として成り立たせることは、もちろん可能だと、私は思っています。鍼灸医療を活用した統合医療の実例は、海外ではいろいろと見つけることができます。韓国では、鍼灸はご存じのように、健康保険が適用になっています。さらに、一人の患者さんを、西洋医学の医師と韓医師の両方の目で診る。これ、実は韓国では画期的なことなんですが、こうしたことをどんどん推進しています。中国の場合では、高名な鍼灸の先生が脳の神経を診る、といった統合医療が、日常的に行なわれています。他にもドイツ、ドバイ、そしてアメリカ…このような例は、実にたくさんあります。むしろ日本にないのがおかしいぐらいです。
日本は今、超高齢化社会に向かいつつあるわけですが、新しい日本の医療のモデルを、鍼灸を使うことによって提言できるのではないか――そう、私は考えています。鍼灸医療を活用して、日本の高齢化社会を支えるモデル、このモデルは恐らく中国とか、これからの高齢化社会を迎える国々にとって、本当に役に立つモデルとなると思います。人に優しい鍼灸のチカラ、そして何より先生方のお力で、この国の未来を支えていきましょう!
現在、日本鍼灸師会では鍼灸のビジョン「こうあるべきだ」「こう進みましょう」というゴールをきちっと設定して、グランドデザインの素案を検討しています。本日お話しいただきました、日本における鍼灸の諸問題――教育の問題、医療制度の問題、医療機関での鍼灸の問題――は、この素案に組み込まれていくのだと思います。関先生のお言葉をかみしめながら、さまざまなシーンでまだ知られてない鍼灸を、鍼灸の良さを、ぜひとも広めていきたいですね。
 

関 隆志先生プロフィール

東北大学大学院医学系研究科 先進漢方治療医学講座講師
東北大学病院漢方内科医学博士