1. HOME
  2. 鍼灸を知る
  3. けんこう定期便
  4. No.16 対談「まだ見ぬ明日へ・・・」

けんこう定期便

Health News

けんこう定期便

No.16 対談「まだ見ぬ明日へ・・・」

セイリン株式会社社長 田中正宏氏
公益社団法人日本鍼灸師会会長 仲野弥和氏

「けんこう定期便」の創刊にあたり、健康的な生き方を考えるなかで、私たちの命の糧であり健康の源となる「食」の大切さ、四季が育む日本の豊かな食文化について、料理研究家・清水信子さんにインタビューさせていただきました。
仲野
工場、いやー、すごい!びっくりしました。
田中
先生にそう言っていただけると・・・うれしいですね。ありがとうございます。
仲野
前にお邪魔したとき、ワイヤーを真っ直ぐにするラインがあるでしょ?鍼体を作る最初の工程ですが、すごく記憶に残っていたんですよ。ただ、消毒だとか材質管理だとか、正直あまり気に留めなかった・・・。でも、今日は違う。何か工場自体も全然違って見えたし・・・だいぶ新しく変えられましたか?
田中
今日見ていただいた清水工場の東館を2008 年に建設しました。東館にはパイオネックスの組立てラインがあり、西館では、主力のJ タイプなどの組立てラインが稼動しています。これで工場全体が、「ISO13485(世界標準)」という品質管理システムで機能するようになりました。
仲野
すごいとしか言葉が出なかった。でも、本当にすごいのは機械じゃない。材質の管理も含めて、安心・安全が徹底されているところです。工場そのものに、それがDNAとして染みついているから・・・すごい!これだけ作り込まれているということを、我々鍼灸師も知らなきゃいけないと思うし、鍼灸師を志す学生たちにも、ぜひ見てもらいたいですね。
「現場」を知って「今」を読む――工場見学を終えた仲野の険しい表情は、鍼灸の今を物語っているようだ。学生を教え、育む。その難しさゆえに、仲野の悩みは深い。「資格」を取れば開業が可能な今、「さまざまな知恵と見識が大切」という、内ではない外からの助言に大きな期待を寄せる。
仲野
鍼を”刺す”という行為だけを考えていると・・・全然わからなくなる。こうして、その鍼を作る工場を見ると、気づかされるわけですよ。我々も、もっと進歩していかなきゃいけないと。

田中
いえいえ。先生たちは大変勉強なさっているから・・・。ただ、先ほど品質管理の部屋でも、いろいろとご覧いただきましたとおり、ステンレスとはいえ、鍼が細くなればなるほどリスクを考えなければなりません。そして、出荷する前に十分な検査を行わないと、安心・安全な鍼とはいえません――そこがとても重要で、私たちの責任として常に研究させてもらっています。さらに、滅菌にもこだわりがあって、製造室内を”生菌数がゼロ”に近い環境に作り込み・・・言ってみれば「滅菌は製造環境を確認するため」、そうした意識があります。
仲野
今日は、そのことにも驚かされました。我々のリスクマネジメントにも、しっかり入れておかないといけないですね。我々は完全に滅菌されているものと信じて使用するわけですから、不完全では困りますし、安心して使えません。
近過ぎず遠過ぎず――絶妙な距離にいるメーカーと手を携えていく。そこに、鍼灸師の未来を活性化させる可能性が見える・・・それに応えるべく田中は、メーカーとして「何をすべきか」を常に考え、ひとつの体制を作り上げた。今、考えても――彼の”決断”は早かった。
仲野
怒られるかもしれませんが、高校卒業ぐらいの年齢で「人の体を治すために云々」と言っても、ダメなんですよ。とても無理。治せませんよ。
田中
確かに・・・先生の言われるとおりかもしれないですね。どこかで人間らしい修行をしてもらわないといけない、そんな気がします。
仲野
昔は徒弟制度みたいな形で、修行しながら勉強してきましたでしょ。でも最近は違う。資格を持てばやれるような気がする。同意書をいただくことで保険が使えますから、技術を磨くと同時に経験を積む・・・研修履修を疎かにしてはいけないと言いたいんですよ。
田中
先生の考えていることと連動するかわかりませんけど、営業マンも”鍼灸師”という国家資格を背景に商品説明や提案をしていかないと、これからの時代、先生方から納得感を得られない。そう考えると、全員でなくても各営業所に1 名は必要だと・・・そこから、各営業所に「鍼灸師を配置しよう!」と、思い立ったわけです。
仲野
鍼灸への思いは強いし、病気を何としても鍼で治そうという意識もすごく強いけど・・・所詮は技術者。営業所の仕事って、できるのでしょうか?
田中
知識を持っているから、現場のことをその知識でキャッチできるところがいい。入社の動機を聞いてみたら「臨床家として地域医療に貢献するのもいい。でも、我々の仲間に良い鍼を広めることも十分意義がある」、そんなことを言っていました。今では鍼灸師の社員も、立派な営業所長になっていますよ(笑)。こういう体制も、ひとつの答えだった気がします。
仲野
我々のような”技術者”集団じゃないところから鍼灸を見つめる、そうした視線や思想が、今の鍼灸界を救ってくれているのかもしれないですね。
田中
救うだなんて・・・大それたことじゃないです。本当は鍼灸で身を立てられるのが一番良いのでしょうけど、縁あってウチに入っていただいて・・・そういう人たちが今、営業所長になっているわけです。
仲野
社風かな?患者さんに近いところで、メーカーとして何をすべきかをいつも考えておられる。鍼灸師の一人として、頭が下がる思いです。
金鍼じゃないといけない、銀鍼じゃないと・・・今はそんな名人芸の時代ではないと仲野は考える。それと「安けりゃいい」というのも違う。品質が保証されている、安心・安全なディスポーザブル鍼を使っていることがキャッチフレーズになるような時代、それにはまだ越えなければいけない壁がいくつもあるようだ。
仲野
鍼灸の開業者、どれぐらい年収があると思いますか?これが、まだまだなんです・・・。その状況で、ディスポーザブル鍼にするだけでも・・・かなりの負担だという。だから、鍼に対して意識が低くなってしまうのでしょうか・・・。
田中
国内一貫生産のもと、安心・安全を基本に品質管理も徹底しているので、どうしても中国製に比べると「価格が高い」とよく言われます(笑)。ただ、仮に中国製の鍼を使ったとしても、コストは治療費の2%を切るぐらいの差なんですよね、実際に計算してみると。その程度であれば、品質が保証されているディスポーザブル鍼をお使いになっていただきたいと思います。
仲野
もちろんです。「名人芸の時代はもう終わった」と言われていますから、ディスポーザブル鍼にもっとスポットを当てていきたい・・・我々としても。素材としては良いのですが、金鍼をキャッチフレーズにやりたいのだったら他の方法で・・・そう思います。
田中
そうですね。先生方にお届けしているのは、私どもが丹精込めて作った”安心・安全”な「使い捨ての鍼」です。患者さんの心にも、きっと届くはずです・・・。

仲野
滅菌を完全保証して、空気にまで気を使い、すべてを問題にならないレベルでクリアさせている企業姿勢が、実は鍼灸師のところに届いていないんですよ。これだけの環境で作っている鍼を、使う我々が、それに見合うような考え方をしていない・・・。
田中
自分の技術に誇りが持てて、患者さんにも安心していただけるのなら、鍼の価格の問題じゃない――そう考えると、プライドにかけても、医療は安心・安全でなきゃいけない――私どもは、そう思っています。
企業として、懸命に鍼灸を考えている鍼の作り手がいる。「健康には鍼」――そういう理念のある企業の製品を、しっかり取り込んでいく――仲野は、純粋にそう考えているようだ。
仲野
「安けりゃいい」という考え方も、まだあるわけです。そういう考え方が多い間は、まだダメだと。本当はすごくレベルの高い治療法なんだけど・・・自分たちが、それを生かしきれていないのではと思います。残念ですね。
田中
古いけれど、実は一番新しい。やさしい治療法じゃないですか、鍼灸って。だから、そういう部分では、メーカーも同じように考えていかなければいけないと感じています。
仲野
鍼灸に対して「理念」を持たなければなりません。そういう企業に支えられている意識、それが無いといけないですね。
田中
先生方は「公益事業」だから、社会との密接な関係の中で貢献していくことになるんだと思います。都道府県単位で、非常にしっかりした組織を持たれていますよね。メーカーとしては、その組織とどうやって、どういう感じにタイアップしていくかということです。
仲野
営業所の話・・・全国の拠点を9拠点にする予定だとか。岡山、仙台、札幌――そこにも東京と同じような研修室を作るのですか?
田中
できれば、そうしたい。そして研修室を、近くの鍼灸の先生たちと市民講座的に使う・・・そんな「草の根運動」の発信基地として、やっていこうと思っています。
仲野
一般の人にも来てもらえるような・・・この前、三重県四日市市で行った市民講座なんか、そうなんでしょうね?
田中
そういうことをやっていくのに、全国に9つ作っていく――それが、公益事業に対するメーカーの役割なんじゃないだろうかと。そうした思いがあります。
統合医療とか混合診療とか、商品の面から、そういうことを考える。西洋医学に属していたこともある田中らしい言葉だ。さらに田中は続ける――4000年の歴史がある医学、神秘的な医学。そこには、今なお「近寄りがたいイメージ」があると。技術者であり”アイデアマン”でもある仲野が、その言葉の数々にうなずいていく。
田中
材料と一緒になって、知らないうちに治療されているというのが、患者のみなさんのためになるんじゃないかと。商品的にも、そのようなことを開発するようにと言っています。まだどういう形になるのか、わからないですが・・・。
仲野
パイオネックス、今は別名で薬局でも売っているじゃないですか?そういうものを使って健康指導をしていこうという、そういう発想なのでしょうか?
田中
それも一つです。それからもう一つ、商品に付加価値を付けていくということです。その付加価値を鍼と一緒に付けて、疾病に効果があるものにしていく。そうすれば患者さんは、鍼治療をすごく身近なものに感じられるはずです。
仲野
例えば、どういうことでしょう?
田中
今、まだ遠いですよね、鍼灸って。家の近くに先生がお見えになったとして、いつ行っても「鍼治療院」という看板が薄らいでいたりすると、目の前を通っても何となく寄りづらい・・・入りにくいと思うんですよ(笑)。
仲野
そうかもしれない・・・よく「暗い!」と言われますね。
田中
鍼だけじゃなくて、今の世の中、特徴とか変わったことを考えないといけないと思うんです。暗いとか何も特徴がないと・・・入ってくれないですよ。
仲野
だから、ちょっと変わったことというか、そういうセンスというか、アイデアというか・・・それを付け足してやるということですね?
田中
そういうことです。病を治すことに変わりはない。例えば、鍼の先端の形状とか指頭に感じる部分の工夫とか・・・。
仲野
いいですね。本当は、そういうのが、頭の中、たくさん入ってる。ずっと抱えたまま、やれずにいること――山ほどありますよ。
田中
わかりますよ、わかります。先生のセンス、すばらしいもの。みんなが笑うとか、喜ぶとか、そういうものが鍼灸全体の活性化に繋がっていくと思いますし、患者のみなさんにも、鍼灸をより身近に感じていただけるようになるのだと思います。先生にもひとつ、そういうアイデアを出してもらいたいですね!
世の中にもっともっと広まって、ごく普通になってなじんでいく。それが真の治療、真の医療のあるべき姿であって、ごく一部の人だけのものでは、未来は拓かれない。医療機器メーカーのひとりとして田中は、その立場を超えたところを見据えていた。そして、その思いに仲野が共感するのは、当然のことだった。
田中
遠いところから眺めていて、近寄ってこないというのであれば、困っている患者さんを、治療もさることながら、その先生とかその治療院とか――先生のところの庭でもいい、先生の描く絵でもいい。どういう方法でもいいから近寄らせるというか、そういうことを先生と一緒になって考えなければいけない。ウチの営業にも、そう言っています。
仲野
患者さんを近づける治療院かぁ・・・いいこと、おっしゃる。そんな感じで相談に乗れるようになったら、きっと患者さんも増えるんでしょうね。

田中
治療そのものじゃなくてもいいんですよ。先生のところへ悩みを打ち明けに来るのだっていい。現代社会はそういう精神的なものもありますから・・・いろんなことを先生に相談できる、そして先生は、トータルで治療してあげる。
仲野
まさに東洋医学、鍼灸の真骨頂ですね。
田中
鍼だけじゃなくて、その治療院の先生方が自分たちのいろいろな特徴を見せていくことで、人は寄ってくると思います。
仲野
いやー、本当に。今日はいい勉強をさせていただきました。田中社長、今日はありがとうございました。鍼灸の未来へ、これからもよろしく頼みます。
けんこう定期便では初めての企画となった「対談」、いかがでしたでしょうか?このお二人の熱い思い、斬新なアイデアから、鍼灸の将来に、きっと明るい光が差し込むことでしょう。
田中社長、仲野会長、本日は長い時間、どうもありがとうございました。(2012年8月21日 セイリン株式会社にて取材)