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けんこう定期便No.5 第6回公益社団法人日本鍼灸師会全国大会in京都 教育講演 「ええ人生やった」その一言のために 〜地域で生き、地域で逝く人を支える医療〜

おおい町国保名田庄診療所所長 中村伸一先生(プロフィール

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治療をしないという選択。

最後の話は、がんの治療をしなかったケースです。79歳、認知症で、5分前の記憶もないぐらいぼけたおばあちゃんでした。ショートスティを使うために受けた結核の検査で、肺がんが見つかったのです。私は、認知症の方にがんを告知しません。代わりに娘さんに尋ねました・・・「どうしましょうか?」と。娘さんの答えは「・・・先生、このがんは見なかったことにしてください」でした。医者というのは、何かしないということに罪悪感を持ってしまうものですが・・・結局、数種類の飲み薬と最後の4日間の在宅酸素療法以外の治療は、何もしませんでした。

そして初診から4年、83歳で眠るようにして亡くなっていきました。83歳まで、がん自体の治療は何もしなかったですけど、この方は不幸な人生を歩んだと思いますか?亡くなる4カ月前、最後のお正月に家族で撮った写真を見てください。ひ孫さんをあやすときのおばあちゃんの顔、にっこりした笑顔です。この写真は、娘さんが「うちの母は本当に幸せな最期を送りました。だから、中村先生、全国どこでも講演のときは、この写真を見せてください。そして、みんなに自慢してください。こんないい死に方をしています、うちの母は」。そう言い添えて提供してくれたものです。ときに治療をしない医療もあると、私思います。

在宅生活を支える結果としてがん患者の最期をさまざまに看取ってきた中村先生。病院のいわゆる専門医とは「スタンスが違う」と語り、自らを“総合医”を称する先生の考え方には、我々鍼灸師にも通じるものがあります。最後に、人生を“家”で終えることの大切な意味についてお話しいただきました。

人生にガイドラインはない。

在宅でも、がんと徹底的に戦ったり、あるいは逆に戦わなかったり。こういったエピソードを話すと、医学生や研修医たちは、その治療方法・方針に関心が向くんですね。非常に真面目なのですが、私は決まって「医学とかにはガイドラインがあるけど、人生にガイドラインはないよ」という話をします。患者さんの人生の中で、入院という極めて短期間、非日常的な所で接触する“専門医”とは違い私たち地域の“総合医”というのは、そこに暮らす患者さんの人生に寄り添うようにして診療すること、これが大切だと思います。

命のリアリティを感じる。

私たち医者、メディカルドクターは、専門性を追求する専門医を育てるということを主目的にしていましたから、私みたいな“総合医”というのは、医者の中では異端です。ただ、鍼灸の先生の多くの方は、こちらじゃないでしょうか?私たちとスタンスは似ていると思いますね。もちろん専門医と総合医はお互い対立する関係じゃなくて、補完しあう関係です。

昔は生老病死を家で送りました。今は病院で生まれるのがほとんどで、また、多くの死は病院で迎えられます。名田庄の人たちが在宅にこだわるから、私も在宅死にこだわるのですが、家という日常生活の場で息を引き取るということは、もちろん本人のためです。でも、それだけじゃない。そこに住む子どもや孫に、命のリアリティを伝える大切な儀式だと思うんですね。そこは、本当に大事なことだと思います。

「“医療についての流儀”は何か?」の問いかけに「当たり前のことを当たり前のようにやる」と答えてから「あとは海草のように生きることですね。海草のように生きる」と話された中村先生。普段診療室で迷ったり悩んだりしても、決して根っこは動かさない、ということのようです。当たり前のことをやりつつ、揺らいでも信念は動かさない…言葉では簡単ですが、実践されている先生が語られると重みが違います。忘れずに心にとどめておきたい一言です。

中村伸一先生プロフィール

平成元年に自治医科大学を卒業後、福井県立病院・診療部(スーパーローテイト研修)、平成3年から国保名田庄診療所所長。現在、保健医療福祉総合施設あっとほ〜むいきいき館のジェネラルマネジャーや全国国保診療施設協議会理事、自治医科大学臨床教授を兼任。その他、手書き式電子カルテの開発にも携わり、21年4月に地域医療の教科書「地域医療テキスト(医学書院)」を出版(共著)。21年12月に「プロフェッショナル・仕事の流儀コミック版・医療の現場に立つ者たち(イーストプレス)」、22年6月に「自宅で大往生―『ええ人生やった』と言うために」(中公新書ラクレ)を刊行。

中村伸一先生

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