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けんこう定期便No.5 第6回公益社団法人日本鍼灸師会全国大会in京都 教育講演 「ええ人生やった」その一言のために 〜地域で生き、地域で逝く人を支える医療〜

おおい町国保名田庄診療所所長 中村伸一先生(プロフィール

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相互不信から相互信頼の社会へ。

今、医療崩壊などと“ありがたくない”キーワードをよく耳にしますが、これは医者と患者の相互不信が招いている気がしてなりません。そこで、医療崩壊の中から新たな社会モデルを創ることを考えました。相互不信から相互信頼の社会へ・・・それには、どうしたらいいか。“全国名田庄化計画”です(笑)。日本全国、名田庄のような支え、お互いさまの社会にしていこうということです。地域医療の、というよりも地域社会の一つの理想形がそこにあるのではないでしょうか。

そんな名田庄に暮らす人々にも、ひとしく最期の時が訪れます。今日の日本では、避けて通ることのできない“がん”との対峙。ただ、そこにも名田庄らしく“家”を中心にした家族の物語が紡がれていました。「ええ人生やった」と幕を引く・・・そこには患者さんと家族、医師の“信頼関係”が見え隠れしています。

がんを看取る、家で最期を迎える。

名田庄での“在宅死亡率”は約4割ですから、全国平均のだいたい3倍以上になります。その1/6の方が、がんでお亡くなりになっている。日本人の2人に1人ががんになって、亡くなっていく方の3人の1人ががんという時代です。だから、在宅でのがん治療はとても大事です。がんが看取れないということでは駄目なんですね。

がんの在宅死は難しいと言います。問題は2つあって・・・一つは家庭の介護環境、もう一つは痛みの緩和方法です。ただ、それ以上に“支える”力が大切なのだと、しばしば痛感させられる時があります。これから、がんで亡くなられた方のお話を紹介しますが、どなたも悔いのない最期を迎えられたように思います。

家の持つ力。

初めは73歳の女性、かなり進行した大腸がんでした。3〜4回入退院を繰り返して、最後は病院のベッドで亡くなるのを待つだけという状態。すでに飲まず食わず、点滴だけでした。すると突然、本人とご主人が家に帰りたいと言い始めました。帰るなら今しかないと。病院の先生が言うには、かなり衰弱しているので、帰宅の途中、車の中で息が絶えるかもしれないという体なのに、です。

ところが、家に帰ってきてお孫さんの出迎えを受けたとたん、にっこり笑って目に涙を浮かべていました。そして、飲まず食わずの点滴だけで3週間、家族とのお別れの時間を作って最期を迎えたんですね。途中で死ぬかもしれないと言われた人が・・・“家の力”としか言いようがありません。治療は何も変わっていない・・・ただ、場所を家に移しただけです。それだけで生命が蘇ってくるということが・・・確かにあるのです。

家にいたい。

次は、61歳男性のお話です。診療所の近くに住んでいる方で、初診で診断したのは通常では考えられないほどの、ひどく進行した大腸がんの多発肝転移でした。すべて、ありのままを話したら、本人がこんな質問をしてきました。「中村先生、オレはあとどのぐらい生きられるんだ」。正直答えにくいですし、非常につらい。熟慮の末、私は「3カ月です」と伝えました。彼はしばらく考えてから、「先生、オレ治るんだったら1年でも2年でも入院しているけど、治らないなら、2カ月の延命目的で1カ月も入院したくないな。できるだけ家にいたいんだよ」と言ったのです。協力してくれる先生と相談して、とりあえず1カ月は入院してもらい、あとは自宅で抗がん剤の注射を繰り返す治療をしようということになりました。

1年はもちませんでしたが、約12カ月、347日目に自宅で逝かれました。1カ月の入院で10カ月の間、ご家庭で家族とお別れの時間を作ることができたのです。「できるだけ家にいたい」・・・その思いに応えられたのは、私たち医師の治療だけではなく、家族の“支え”があったからだと思っています。

中村伸一先生プロフィール

平成元年に自治医科大学を卒業後、福井県立病院・診療部(スーパーローテイト研修)、平成3年から国保名田庄診療所所長。現在、保健医療福祉総合施設あっとほ〜むいきいき館のジェネラルマネジャーや全国国保診療施設協議会理事、自治医科大学臨床教授を兼任。その他、手書き式電子カルテの開発にも携わり、21年4月に地域医療の教科書「地域医療テキスト(医学書院)」を出版(共著)。21年12月に「プロフェッショナル・仕事の流儀コミック版・医療の現場に立つ者たち(イーストプレス)」、22年6月に「自宅で大往生―『ええ人生やった』と言うために」(中公新書ラクレ)を刊行。

中村伸一先生

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